行政がゴミ屋敷に対して代執行を断行する際、最も強力な実体的根拠となるのが、その場所が孕んでいる「火災リスク」と「公衆衛生上の脅威」です。法的な判断において、個人の権利を制限してまで介入が必要とされるのは、放置することによる被害が取り返しのつかないものになる可能性が高い場合です。ゴミ屋敷の場合、堆積された紙類やプラスチック、古布などは、一度火がつけば瞬時に燃え広がる絶好の燃料となります。特に、屋外にまでゴミが溢れている場合、放火の標的になりやすく、住宅密集地においては近隣の家屋を巻き込む大惨事に繋がる恐れがあります。また、家の中で積み上がったゴミが窓やドアを塞いでいる状態は、火災が発生した際の住人自身の避難や、消防隊の消火活動を著しく困難にします。このような「公共の安全に対する差し迫った危険」は、行政代執行を正当化する最大の理由となります。一方、公衆衛生の観点では、腐敗した食品ゴミから発生する悪臭や、そこを温床とするネズミ、ハエ、ゴキブリといった害虫の大量発生が問題となります。これらは単に不快であるだけでなく、伝染病や感染症を媒介する媒介者となり、周辺住民の健康に直接的な悪影響を及ぼします。また、ゴミから染み出した汚水が土壌や下水を汚染し、環境破壊を引き起こすことも懸念されます。こうした衛生上の問題は、個人の敷地内だけの問題ではなく、地域という共同体の生活基盤を破壊する「外部不経済」であるとみなされます。したがって、自治体は公衆衛生法や地域の清掃条例を根拠として、住民の生命と健康を守るために代執行に踏み切るのです。代執行を実施する現場では、消防や保健所の職員が立ち会い、その危険性や不衛生さを再確認することで、執行の正当性が担保されます。ゴミ屋敷問題の解消は、火災や疫病という、文明社会が克服してきた根源的な恐怖から地域を守るための、現代における公権力の防衛的な行使であると言えるでしょう。