私の部屋がゴミ屋敷と化していた頃、私はゴミ袋を買うことさえも拒絶していました。ゴミ袋を買うという行為は、自分がゴミを溜め込んでいるという現実を認めることであり、それが何よりも苦痛だったからです。しかし、ある夏の猛暑日、部屋から漂う異臭に耐えかねた私は、震える手でドラッグストアへ向かい、最も枚数の多いゴミ袋のパックを購入しました。帰宅して最初の一枚を広げたときの、あのガサガサという乾いた音は、今でも耳に焼き付いています。それは、私の止まっていた時間が動き出した音でもありました。最初は、足元に転がっているペットボトルを一袋分詰め込むだけで精一杯でした。透明なゴミ袋の中に、自分の怠惰の証が詰め込まれていく様子を見るのは、自分の内面を暴かれているようで激しい羞恥心に襲われました。しかし、一袋、また一袋とゴミ袋が満たされ、玄関先に黒い塊が積み上がっていくにつれ、不思議なことに心の中の重荷が少しずつ軽くなっていくのを感じました。ゴミ袋を縛るという行為は、その中に過去の自分を封印し、二度と取り出さないという決別の儀式でもありました。作業を進めるうちに、私はゴミ袋の強さに助けられるようになりました。無理やり詰め込んだ古い雑誌の束や、カビの生えた衣類を、ゴミ袋は文句一つ言わずに受け止めてくれました。パンパンに膨らんだゴミ袋を両手に下げて、深夜のゴミ集積所まで何度も往復したあの夜、私は涙が止まりませんでした。自分を大切にできなかった数年間の報いが、このゴミ袋の重さなのだと痛感したからです。最終的に私の部屋からは、二百袋を超えるゴミ袋が運び出されました。空っぽになった部屋で、私は新しいゴミ袋を一枚、ゴミ箱にセットしました。それは、かつてのゴミに埋もれた生活ではなく、清潔で秩序ある新しい生活の始まりを象徴する、真っ白な旗のように見えました。ゴミ袋という、どこにでもある日用品が、私にとっては人生を立て直すための救命ボートだったのです。あの時、勇気を出してゴミ袋を手に取らなければ、私は今でもあの暗闇の中に沈んでいたことでしょう。ゴミを捨てるということは、自分を許し、再び愛し始めるためのプロセスだったのだと、今ならはっきりと分かります。
ゴミ袋の中に閉じ込めた過去と新しい生活への決別