私の平穏な日常生活が、隣家のベランダから溢れ出したゴミと異様な臭いによって一変したのは、今から三年前のことでした。隣に住んでいたのは、数年前に配偶者を亡くして以来、ほとんど外で見かけることのなくなった独居の男性でした。最初は「少し散らかっているな」と思う程度でしたが、季節が巡るごとにその惨状は悪化し、夏場には窓を開けることさえ躊躇われるほどの強烈な酸っぱい臭いが漂い始めました。庭には得体の知れない袋が積み上がり、そこから這い出してきた害虫が私の家の壁にまで這っているのを見たとき、私は言いようのない恐怖と不快感に襲われました。しかし、通報に踏み切るまでには大きな葛藤がありました。通報をすれば彼が社会的に追い詰められるのではないか、報復されるのではないか、あるいは「告げ口をした」という罪悪感に苛まれるのではないか。そんな思いが頭を巡り、私は数ヶ月間、ただ耐え忍ぶ日々を送りました。しかし、ある夜、庭のゴミの山の隙間から火花のような光が見えた気がしたとき、私はついに決断しました。「これは彼の命を守ることでもあるのだ」と自分に言い聞かせ、市役所の環境課に足を運びました。窓口では、担当者が非常に真摯に私の話を聞いてくれました。通報者が特定されないような配慮についても説明を受け、ようやく肩の荷が下りたのを覚えています。数日後、市の職員が定期的に彼を訪問し始めるのが見えました。最初は頑なにドアを閉ざしていた彼でしたが、根気強い訪問と、福祉担当者による優しい声かけが続いたことで、少しずつ変化が現れました。驚いたことに、彼はゴミを溜めたくて溜めていたのではなく、片付け方が分からなくなり、助けを求めることさえ恥じていたのでした。半年後、行政と清掃業者の介入により、山のようなゴミが運び出されました。空っぽになった彼の庭に、久しぶりに日光が差し込む光景を見たとき、私は通報したことが正解であったと確信しました。現在、彼は定期的なヘルパーの訪問を受けながら、驚くほど整った生活を送っています。たまに庭で顔を合わせる際、彼は私に「あの時は助かりました」と小さな声で挨拶をしてくれます。通報という行為は、一見すると隣人を攻撃するように感じるかもしれませんが、実は孤独の淵に沈んでいる人を社会へと繋ぎ止める「命綱」を投げる行為だったのです。あの時、勇気を出して一歩を踏み出した自分を、今は誇りに思っています。
隣家がゴミ屋敷だった私の決断と通報後の静かな変化